診療時間

月曜日
18:00から予約終了まで
土曜日
15:00から予約終了まで
日曜日/祝日
原則10:00から(ご希望で早朝でも可能)予約終了するまで

※診察はすべて予約制です。
また学会や研修、個人的な休みなど 「不定期休」です。
「ゴールデンウィーク」「お盆」「年末年始」なども手術予約あれば当然診療します。ご希望をお聞かせ下さい。

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院長あいさつ

院長プロフィール

ここには院長の「輝かしい経歴」や「崇高そうな病院理念」などありません。
院長自身による「自己紹介」です。

名前は「上野 学」と言います。代々医者の家系で上野家6代目の医者です。
(4代目と勘違いしていましたが、先日、叔父から自分が5代目だからお前は6代目だと指摘されました!) 

生まれは博多(福岡市)で、育ちは行橋市という北九州市のベットタウンです。
中学・高校は北九州市小倉(小倉北区)まで通学していました。

酉年 山羊座 AB型です。(特に意味はありません)

学生時代

小倉で通った教育大付属中学では、サッカーと陸上競技で「身体を鍛えました」「勉強が嫌にならない教育を受けました」。

優秀な学生を輩出する県立高校をやっと卒業し、親元を離れ「京都」で自由な浪人生活を2年も送り、青春を謳歌しました。2年の浪人生活で最低限の効率のよい?受験勉強のおかげで、東京にある昭和大学という医療系総合大学の医学部に入学し、1年間は山梨県の富士吉田市に全員寮生活という「隔離政策」を経験し、当時は医学部・歯学部・薬学部の3学部でしたので、皆で共同の生活を通じ、医療人としての「チーム意識」を学びました。部活と飲み会三昧の隔離生活でした。

東京の本校に移り通常5年で卒業するとこ6年かけて合計7年「じっくり勉強して」卒業しました。実際には「医学部」入学というより「ラグビー部」に入学したような学生生活でした。ラグビーは高校生でも経験して全国大会である「花園」目指していました。(高校野球の甲子園)夢は叶いませんでした。大学生活での「ラグビー部」と「白馬岳の夏山診療所での活動」の二股部活で大忙しであったことはいまでも忘れられない青春時代でした。大学卒業後、夢の「花園ラグビー場」での交流大学との定期戦でOB戦で出場したことが思い出されます。

さて大学でもクラスの縁の下をしっかり支えていました。お前が現役で国家試験に受かるとクラスメート全員が受かるとが学年主任の教授にハッパをかけられました。めでたく現役合格(国家試験)しました。やはりほぼ全員の現役合格でした。多少の合格率の低下は既卒の先輩が足を引っ張る状況ではありました。

大学卒業後は横浜市の大学付属病院での「研修医」生活をスタートさせました。
現在の研修医制度とは当時は違い、私は「泌尿器科医」を目指していたので、「泌尿器科」を中心に「外科」「麻酔科」なども研修しました。ここでも「人に恵まれ」充実した研修医時代でした。

英国ロンドン大学での研修時代

その後、英国ロンドン大学の泌尿器科専門病院での臨床研修を1年半経験しました。研究室で試験管を振る研究留学ではなく、実際に手術に参加し、外来や検査を行う「患者さん」を診る生活でした。英国では日本の医学教育が英国の医学教育と同等であると認識されているので医学試験なしで英語能力試験のみで期限付き医師免許を発行してくれる制度があり、その制度のおかげで臨床研修が可能でありました。

英国の医療は「派手さ」はありませんが「地に足がついた」医学をもとに 医療制度も「大人な」ものであります。
泌尿器科は、外科の一つの分野で外科認定医の資格を取得したのち、専門分化しての上級専門科であります。アジアのどこかの泌尿器科の制度とはかなり違います。専門医の数も日本の20分の1程度しか存在しません。人口比率で考えると専門医は日本の10分の1です。専門医が狭き門でもありますがEU統合で多少専門医も変化しているようです。
一般的に彼らの医療技術はレベルは高く維持されていると思います。

本来、泌尿器科医は外科医ですので「手術」が医療の中心であります。私の研修したロンドン大学の付属病院の一つである泌尿器科専門病院は当時、ロンドンの観光地の一つ「コベントガーデン」に小さな病院が3つあり、一つの臨床研究病院として機能していました。それぞれ月曜日から金曜日まで毎日手術がありました。毎日、朝から夕方まで手術です。ロンドン中の中核病院の部長が日替わりで我々の病院に手術のための枠を持っているのでそれぞれが半日から1日手術するのです。研修医や上級医は彼らの手となり足となりして厳しい研修の日々を送るのです。厳しい研修が終えると独り立ちして行きますがボス達(部長の先生方)の複数の推薦状がなければ一切先に進まないような制度であります。「Yes, Sir!」の日々の意味があるのです。日本ではこのような環境にある泌尿器科医はいないでしょう。大学病院でも市中病院でも、外来や検査が多く毎日は手術していません。

この1年半に経験した手術の件数は相当数におよびました。日本にいても同じ数の手術を経験するのに10年以上はかかるでしょう。また当時日本ではやっていない種類の手術もあり、大変よい経験でした。

所属する病院で見るべき手術のない日は他の病院へ見学しに行ったり手術の補助など(自由に出入りできるIDを大学から与えられていたため)また外来のお手伝いや特殊検査の勉強など色々経験させていただくことができました。英国国内のみならずEUでの学会へも多数参加し、マニアックな神経生理や膀胱機能検査などの勉強会のグループに参加したり、現在の病院での仕事に直結する勉強ができました。非常に濃厚な研修時期でありました。中学時代に学んだ勉強が嫌にならないことが役にたったことは間違いありません。英国留学が帰国してからの泌尿器外科医としての「礎」となっています。

医師としての使命

帰国後、大学病院を去り、「一匹オオカミ」の泌尿器外科医として大小の病院や診療所で診療してきました。
医師となって30年を超え、色々な経験を経て、現在は病院と恵比寿MUクリニックとの「二束の草鞋」生活です。

病院では「前立腺肥大症」の内視鏡手術と「前立腺がん」の最新放射線治療(IMRTというもの)を放射線治療医と協力し「前立腺疾患治療センター」のセンター長として働いています。またこのクリニックは病院の勤務時間以外で働いてします。手術するのは自分の休み時間のみですので診療時間が限られています。

趣味であるゴルフの予定や限定的に参加する学会がなければ「ほぼ休みなく」働いています。

医師になってからの30年以上の間「労働基準法」などは全く関係なく仕事しています。休みたいとか仕事がつらいなど思ったこともありませんのでストレスなくありがたいです。

ただ春や秋のよい季節になると、ちょっと古いBMWの大型バイクでのお遊びツーリングなどに行けないのは残念です。
こっそり側車付きのバイク(サイドカー)でも手に入れてサイドカーにゴルフ道具を積んでゴルフ行く計画もあります。

病院での仕事もクリニックの仕事も全く内容は違えど「ストイック」に行っています。

クリニックでの治療では、「世界標準」のパイプカット手術であるNSV法を本邦で提供する使命があると考えています。

パイプカット手術」は本来、精巣・精巣上体や精管などを扱い慣れた泌尿器科医が行うのがよいと思いますが、実際には自分を含め病院勤務医が行うことは少ないのが現状であります。
パイプカット自体はニッチ手術として街の包茎専門のクリニックで片手間におこなっているものや美容外科系の診療所で行われているようです。

通常はメスで陰嚢皮膚を切開し精管を処理します。切開創は小さいものですが、それらが必要のない方法が一般的には行われていません。「医療における世界の常識 日本の非常識」の一例です。

私のようにこの手術を専門に行うクリニックは欧米では、「No Scalpel Vasectomy (NSV) Centre」として一般に認知され珍しいものではありません。

しかしながら、日本ではまだNSV法は一般化していません!
仕方ありませんので孤軍奮闘でいきます!